
長年連れ添い、身も心もすっかり「枯れ果てた」老夫婦。そんな二人の運命は、愛犬シロが庭から掘り出した一冊の古文書によって大きく動き出す。そこに記されていたのは、男女の悦びを極めるための禁断の「愛の秘術」だった!
古文書の教えにより、かつての潤いと情熱を取り戻していく妻。その艶めかしい変化は、隣家に住む欲望にまみれた男の、どす黒い嫉妬心に火をつけてしまう。
一冊の春画が巻き起こす、愛と再生、そして欲望の物語。真の宝とは、果たして何か──。
総字数約16,500字(読了時間約33分)
〈本文より抜粋〉
秋の陽光が縁側に長い影を落とす、穏やかな昼下がりだった。だが、ここ数年の彼の心は、秋の空のように晴れ渡ることはなかった。「おまえさん、お茶、冷めてしまいますよ」台所から、妻のおみねの声が飛んできた。ぬるくなった茶は、香りを失い、ただ喉を湿らせるだけの液体と化していた。まるで、自分とおみねの関係そのもののようだ、と甚兵衛は自嘲する。夫婦仲が悪いわけではない。だが、その愛情は、かつて燃え上がった薪が燃え尽き、今は静かに熱を保つだけのおき火のようだった。触れれば温かい。しかし、再び炎を上げるほどの熱量はない。
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シロが掘った穴が、膝ほどの深さになった時だった。カツン、と前足の爪が何か硬いものに当たる音がした。シロは一声高く鳴くと、さらに勢いよく土を掻き出し、やがて地中から、黒ずんだ木箱の角が姿を現した。ギィ、と軋むような音を立てて、箱の蓋が開いた。甚兵衛が恐る恐る中を覗き込むと、そこには、丁寧に布で包まれた一冊の書物が鎮座していた。表紙には、達筆すぎて甚兵衛には読めない文字が躍っている。だが、その横に添えられた絵を見て、甚兵衛は息を呑んだ。それは、裸の男女が睦み合う姿を描いた、いわゆる春画だった。
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自信を得た甚兵衛は、いよいよ核心へと進んだ。彼はゆっくりとおみねの寝間着の合わせに指をかけ、古文書で「悦びの丘」と記された、乳房へと触れた。甚兵衛は、ただ手のひらで、その柔らかな膨らみを包み込むだけにした。掴むでもなく、揉むでもなく、ただ自分の手の温もりを伝えるように。そして、もう片方の手で、彼女の髪を優しく撫でた。「おみね……いつも、ありがとうな」その言葉が、最後の扉を開ける鍵だった。おみねの目から、一筋の涙がこぼれ落ちるのが、月の光に照らされて見えた。それは、悲しみの涙ではない。長年、心の奥底に押し殺してきた寂しさが、夫の温もりによって解かされ、流れ落ちた浄化の雫だった。
